大学院研究(4) 補足ーダイズの形質転換

 

生物に人工的に遺伝子を導入することを「遺伝子組換え」と呼びます。このトピックス自体は政治的・宗教的にも色々と議論を引き起こしますので、ここでは詳しく書きませんが、1つだけ留意していただきたい事実があります。我々研究者は動物や植物の遺伝子組換えを行っていますが、その原理は自然界で日常的に起こっている現象を利用したものです。動物の場合は主に自然界でウイルスが使っている遺伝子導入法を利用していますし、植物も自然界に普通に存在するアグロバクテリウムという微生物を利用して遺伝子を導入します。これらの微生物にとっては、感染相手の遺伝子を組み換えるというのは日常的です。その上で我々研究者は、組換え生物が拡散したり漏出しないように、かなり厳格なルールに基づいて実験しています。(破るとかなり厳しいペナルティがある)

 

自然界に普遍的に存在しているアグロバクテリウムの中でも特に有名なのが、Agrobacterium tumefaciensと呼ばれる病原菌です。これは感染すると、植物ホルモンであるオーキシンサイトカイニンの合成遺伝子を植物のゲノムに導入して、クラウンゴールと呼ばれるコブを形成させます。植物の細胞分裂を盛んにすると、他の部位から大量の栄養が送り込まれてくるのですが、それをアグロバクテリウムは植物が利用することができないOpineと呼ばれる物質に変換してしまいます。酷いことにOpineを合成するタンパク質群も、遺伝子を導入して植物自身に作らせたものです。

つまりA. tumefaciensは植物を「遺伝子組換え」することにより、コブOpineを作らせて悠々自適に暮らしている訳です。微生物は特定の目的で使用する遺伝子群をセットで保持していることが多く、A. tumefaciensもゲノムとは別にTiプラスミドと呼ばれるDNA断片を持っており、ここに病原性に必要な遺伝子群を持っています。Agrobacteriumは、Tiプラスミド上のLBとRBの間の領域を植物のゲノムに導入するのですが、研究者はこの病原性遺伝子を導入したい遺伝子と置き換えることで、遺伝子組換えを行っているのですね(つまり病原性遺伝子群は導入しない)。

通常は導入したい遺伝子と一緒に、抗生物質耐性遺伝子を導入します。遺伝子組換えされていない細胞を抗生物質で排除した後に、生き残った細胞から植物を再生して遺伝子組換え個体を得ます。

 

しかしダイズは、A. tumefaciensを使った遺伝子導入は非常に効率が悪く、現在でも遺伝子導入することが難しい植物の1つです。企業などでは、(おそらくは)膨大な時間と人手を使って「遺伝子組換えダイズ」が作製されて販売されていますが、私達には不可能でした。一方でダイズにはA. tumefaciensの近縁のA.rhizogenesが感染することは知られていました。

A.rhizogenesはTiプラスミドとは異なるプラスミド(Riプラスミド)を持っており、コブの代わりに根(毛状根と呼ばれます)を誘導します。そこに根粒菌を感染させると根粒が形成されます。RiプラスミドにもLBとRBに挟まれた領域があり、ここに根を誘導させる遺伝子を残したままで、調べたい遺伝子を入れることで遺伝子組換えされた根と根粒を作製することができます。下の写真は緑色の蛍光を発するGFP遺伝子を組み込んで作製した毛状根ですが、形質転換されていない根や茎は光っていません。

 

ちなみに植物はオーキシン、サイトカイニンの量比で芽や根、カルスなどの異なる器官を形成します。大学院時代の私はA. rhizogenesがサイトカイニン合成遺伝子を多く発現させることで根を誘導していると推測していましたが、どうやら現在でも詳しく判らないようです。(rolA, B, C, Dという遺伝子が関わっているが、これらが何をしているか不明らしい)

 

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