モデル植物ミヤコグサの登場

根粒菌共生の解説

1990年にNodファクターが同定されてから、それを認識するマメ科植物の受容体について、世界中の共生研究者が注目しました。しかし、ここから10年は、私には長い暗黒の時代のように思えます(私が大学で研究を始めたのは1998年からですが・・・)。

簡単にまとめてしまうと、Nodファクターやフラボノイド研究に長年用いてきたダイズやエンドウでは、90年代はほとんど研究が進みませんでした。その代わりに90年代後半に整備されたマメ科のモデル植物であるミヤコグサとタルウマゴヤシの登場で、2000年代に共生研究は一気に進みました。

簡単ではない解説は以下を参照してください。

(頑張ってなるべく簡単にしましたが・・・)

生物の機能に関する設計図であるゲノムは、RNAウイルス以外はA, T, G, Cの4文字が延々と一列に並べられたものです(二重鎖になった1本で1つの染色体となる)。マメ科植物のNodファクターを認識する受容体の設計図も、ゲノムのどこかに書かれているはずです。しかし当然ながらゲノムの中には様々な「受容体」が含まれていますし、誰も見たことが無いNodファクター受容体がどんなものか、見当もつきません。このような状況での正攻法として、「あちこちの遺伝子を壊した変異体を大量に作って、そこから共生できなくなった個体を単離して、原因となった遺伝子を同定する」という手法(forward genetics)があります。

ゲノムのサイズは生物によって異なるのですが、自分の見たい現象さえ観察できるならば、なるべくゲノムサイズが小さい方が楽チンです。また世の中には人間と同じような2倍体(父方と母方由来の染色体が合計2セット。対になる染色体を相同染色体と呼ぶ)の生物だけではなく、コムギのように6倍体の植物などが存在します。1つの劣性遺伝子を解析する場合、2倍体だと2セットの染色体の遺伝子がそれぞれが壊れていれば良いのですが、6倍体だと6セットなので大変です。遺伝子を壊す処理で、全ての相同染色体で同じ遺伝子が壊れる可能性は、ほとんど0です。そこで子孫から全ての相同染色体の同じ遺伝子が壊れているものを探さなければなりません。2倍体の自家和合性だと、変異処理した次の世代は、単純なメンデル遺伝により1/4の確率で両方の遺伝子が壊れたホモ個体が採れます。倍数性の高い、しかも自家不和合性の植物とか悪夢ですね・・・。

 

当時、アブラナ科のシロイヌナズナという2倍体のモデル植物が集中的に研究されていました。これは簡単に遺伝子導入(形質転換または遺伝子組換えとも言う)が可能で、ゲノムのサイズも小さいし、植物サイズも小さく扱いやすい。さらに世代時間も6週間ほどで、ゲノムのDNA配列も完全に解読されていました。変異体の原因となった遺伝子を絞り込んで、それに対応する健全な植物のゲノム断片を導入して、変異体の表現型が回復すれば証明できてしまいます。(残念ながら、根粒菌共生しないアブラナ科)

一方でイネなどの他の植物は、一度カルスにしてから形質転換して個体再生しなければならず、1年前後の時間がかかります。そこから次世代の種を取って解析するのですが、ナズナは花芽をアグロバクテリウム液に浸ければ、そのまま形質転換された種が取れます。つまり候補遺伝子が見つかったとしても、ナズナ以外は確認するのが大変です。

マメ科植物の代表として長年研究されてきたダイズやエンドウは、形質転換さえも非常に効率が悪くて不可能に近い状況でした。また、ゲノムサイズも非常に大きく、ダイズはナズナの10倍、エンドウについては40倍近い大きさです。そこでおそらく1990年代の中頃くらいからだと思いますが、デンマークのJens Stougaard博士がミヤコグサ(Lotus japonicus ecotype Gifu)をモデル植物として整備し始めました。もともと4倍体の西洋ミヤコグサ(Lotus corniculatus)はマメ科で唯一、少し特殊な方法で形質転換が可能だったのですが、2倍体の近縁種であるミヤコグサに注目したのです。

ミヤコグサはゲノムサイズもイネと同等(ナズナの4倍ちょっと)であり、世代時間も3-4ヶ月程度です。また基礎生物学研究所の川口正代司博士がミヤコグサに注目して日本の各地を探し回り、世代時間が2ヶ月のミヤコグサ(Lotus japonicus ecotype Miyakojima)を発見してモデルの整備に貢献されました。

1999年になってStougaard博士らがミヤコグサの根粒菌共生に必須のNIN遺伝子の同定をNature誌に報告しました (Nature volume 402, pages 191–195)。そして2003年に同じくStougarrd博士らによって、Nodファクター受容体であるNFR1とNFR5が報告されたのです。

 

ちなみにミヤコグサをモデルとして整備していたデンマークや日本のグループとは独立に、アメリカやフランスの研究者が4倍体のアルファルファ(Medicago sativa)の近縁種である2倍体のタルウマゴヤシ(Medicago truncatula)に着目してモデル整備を行いました。お互いにライバル意識が強く、タルウマゴヤシの論文は主にScience誌、ミヤコグサはNature誌という具合に、出版社を巻き込んで争っていたように感じられました。しかし面白いもので、同じ遺伝子のミヤコグサ版がNature誌に先に出されても、タルウマゴヤシ版はScience誌に掲載できます。そうすると今度はミヤコグサの研究者のライバルは同じミヤコグサの研究者となって、むしろタルウマゴヤシ研究者と協力しあえます。直接関わっていない私には実際の状況は判りませんが、当時は色々と不思議な論文の掲載のされ方をしていたので、トップサイエンスの世界は政治だなーと感じました(今はもっと酷い)。植物と微生物の共生や寄生の分野は、学会などで「生物間相互作用」と呼ばれているのですが、それを研究している研究者の相互作用も興味深いものです。

 

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