評論家よりもプレイヤー

Ph.Dコラム

サッカーの日本代表の戦いが終わりましたね。試合は見れなかったのですが、選手などのコメントを見ると、悔しさと共に満足感や充実感があるようです。プレッシャーや無責任な批判などに曝されながらも、彼らは全てを賭けて戦って予選やグループリーグを勝ち抜き、世界3位のベルギーをあと一歩というところまで追い詰めました。

実際に戦った選手や監督の達成感はもの凄いものがあるでしょう。次に長い期間を彼らのサポートに関わった関係者や熱心なファンも嬉しいでしょうね。世界から見たらベスト16というのは特筆するものでは無いでしょうが、実際に戦った人達や支えた人達にとっては無限の価値があると思います。一方で無責任にケチだけつけていたような評論家の方々は、彼らと喜びを分かち合えるのでしょうか??

評論家は責任を問われることがほとんどありません。しかし実際にリスクと責任を背負って戦った人達と同じ喜びを味わうことは不可能です。私達の人生も同じで、実際に努力して工夫して苦闘して挑戦したものは、他人から見て大したことがなくても、結果が良く無かったとしても、凄く価値があると思います。一方で評論家と化している人も多いですよね。私は自分がプレイヤーであるべきだということを、常に意識するよう心掛けています。

テレビに写っている100億円よりも、自分で頑張って手にした1万円の方が価値があるはずです。人生が面白く無いand/or退屈と感じる人は、小さなもので良いから必死に挑戦して苦闘してみてはいかがでしょうか?

コメント