ガマ

生徒達の研究

Typha latifolia

ガマの葉の空洞は空気を地下に送るパイプライン

田代海渡さん

第58回日本植物生理学会年会高校生生物研究発表会 最優秀賞

横浜サイエンスフロンティア高校には、ビオトープと呼ばれる自然環境を保全した小さな水路があります。ここを散策している時に、「変わった環境に棲む植物は、通常とは違う工夫をしているかもしれない」ということを生徒達に話しました。田代さんは、ビオトープに生えていた植物(後にガマと判明します)の葉に空洞があることを見つけて興味を持ち、これを引き抜いて実験室に持ち帰って観察しました。

最初に田代さんは葉、地下茎、根をそれぞれ切断して調べました。すると葉だけではなく、根にも穴が存在しており、地下茎はスポンジ状になっています。ガマの地下茎や根は泥の中に潜っているのですが、その穴の意義を問うと「レンコンと同じように泥の中で呼吸するためでは?」という答えが返ってきました。「それでは葉の穴は?」と問いますと答えられません。私も当然ながら判りません。web上にも情報がありません。

これは面白いということで、葉の穴の構造を調べて意義を見つけるように助言したところ、彼は徹底的にガマの葉を観察しました。今になってデータを見返していると、彼は本当に「徹底」して調べたことが判ります。

 

葉の穴は先端にいくほど小さくなって、最終的には閉じています。根元に行くほど穴の本数は増えていきますが、特に分岐しているような様子はありません。おそらくは葉の幅が広がると新たに追加されていくのだと推測されます。穴には所々にフィルター状の網目構造があります。

 

また葉の表皮は縞状になっていますが、白色の部分は他の細胞とは異なる形をしています。この部分には気孔は無いそうです。

 

ガマの葉の構造は、教科書に載っているような普通の植物とは大きく異なります。大きな穴は、巨大な導管・・・・ではないと思いますが、これは確かめなければなりません。そこで根から赤い色水を吸わせてみました。するとやはり大きな穴は導管ではないことが確認できました。ちなみに葉の表皮近くの白い部分は、下から水を吸わせた時には染まりませんが、葉先まで水が到達した後で強烈に染まるようです。この組織については、現在でも何をしているのか判りません。

以上のようにガマは色々と不思議な工夫をしながら生きているようです。田代さんは一年間非常に頑張って・・・という感じで、ここで終わりでも不思議は無いレベルなんですが・・・・(まとめ方を工夫すれば学校の代表として発表して賞を狙えるレベル)。彼の研究の真髄は、実はここからです。

 

葉の構造を詳細に観察しましたが、結局は葉の大きな穴は何をしているのか判りません。しかし田代さんは視点を変えて、地下茎や根の穴と、葉の穴の関係に注目しました。葉の穴はまっすぐに根元に向かって伸びていますが、地下茎や根の穴につながっているかもしれません。

最初に彼は切り取った葉を水の中に沈めて、葉先に向かって息を吹き込んでみましたが、空気は全く漏れないようです(上で述べたように葉先は閉じている)。葉先を切ると容易にブクブクと泡が出るので、葉の内部の密閉性は高いですが、穴の中を空気が移動することは可能なようです。

次に葉から地下茎に向かって息を吹き込んでみました。すると地下茎や根、新芽から容易に泡が出てくるそうです。したがって葉の穴は、根や地下茎の穴と接続しているようです。泥の中で呼吸するためにレンコンなどに穴が空いていると言われていますが、考えてみると地上から空気を送らないかぎりは、酸素不足になることに変わりはありません。葉の穴は地下に空気を送るために必要だと考えられます・・・・

というところで、彼にもう一度よく考えるように助言しました。田代さんは葉の穴に息を吹き込むことで、地下に空気を送ることが可能であることを示しました。しかし植物に肺(正確には圧力を生み出す横隔膜)は無いのです。自然拡散で酸素が地下に移動する可能性も話合いましたが、二酸化炭素は空気よりも重いと習った記憶があります。細い管で地上とつながっている状態で、本当に効率良くガス交換ができるのでしょうか?

 

どう考えても空気に圧力をかけて送り込む方が効率的なはずですが、植物に横隔膜は無いので圧力をかける別の方法が必要です。田代さんと二人で議論しながら考え続けて思いついたのが、水から酸素を発生させる「光合成」です。液体である水から気体である酸素を発生させれば体積は増えるはずで、これを葉の穴に蓄積すれば圧力が生じるかもしれません。光合成によって生じた酸素は気孔から外に捨てられるはずですが、ガマは違うのかも・・・??

そこで田代さんは化学の時間に習った「水上置換法」を応用して実験することにしました。葉の根元を切り取り、水の中に入れて太陽光を当てます。それで地下に空気が送られるようであれば、根元の切り口から泡が出てくるはずです。最初に挑戦したときは水の中に溶け込んでいた空気が出てきてしまったので、彼は煮沸した水を使う工夫をしました。ラップも種類によっては意外に通気性があるので(特に酸素。カタログに記載されている)、これも工夫しました。

そしてガマを日光に当てると、なんと本当に空気が地下に送られることが判りました。

*スマホで動画が表示されない不具合があるようで、まだ解消できていません。youtube動画の気泡が出てくる動画と同じですので、そちらをご覧いただければと思います。申し訳ありません。

 

ガマに太陽光に当てると空気が地下に送られましたが、例えば熱で温度が上昇しても葉の穴の中で空気が膨張して、圧力が生じる可能性もあります。「その場合は光合成とは関係無いですよね?」という意地悪な質問(研究のヒント参照。重要です)をすると、彼はアルミで葉を遮光すると泡が出てこないことを示しました。また、熱膨張であれば夜間に気温が下がると泡が入っていた空間に水が満たされて、翌日以降は泡は出ないはずです。しかし田代さんは、3日間連続して泡が出てくることも確認しています。したがって熱膨張が原因であることは否定できると思います。

さらに彼は水上置換法で集めた空気の酸素濃度を測定すると、高校にあった簡易酸素計の測定上限である25%を振り切りました。したがって酸素濃度の高い空気が光合成で生成して地下に送られることが判りました。

植物生態学の著名な先生にこの結果をご相談すると、ハスなどは分子の熱運動を基本としたKnudsen拡散(*)と呼ばれる原理で地下に空気が送られるとされていることを教えて頂きました。つまり光ではなく熱ですね。ガマとハスは根本的に異なる可能性もありますが、かなり懐疑的なご様子でした。

 *Knudsen拡散:私の理解では・・・「温度が低い時は液体や気体の分子は狭いスペースを通過できるが、温度が上昇すると熱運動が激しくなって通れなくなる」という現象らしいです。 ハスの場合は夜間の気温が低い状態では気孔を通じて外界と内部の圧力が同じになる。 日中に気温が上昇して内部の空間の空気が熱膨張する。 しかしKnudsen拡散により気孔周辺の細胞間隙を通れなくなってしまうために内圧が上がり、結果として空気が地下に輸送される。 ・・・ということのようです。根拠となる証明実験を我々は見つけられていないので、どれくらいしっかり証明されているか判りませんが 

 

田代さんの結果からKnudsen拡散は関係無いように思えますが、我々は「ガマが気孔を開いて二酸化炭素を取り込むことと、気孔から酸素を逃さずに穴に貯めて圧力を生み出すこと」の矛盾を説明できていません。Knudsen拡散は分子レベルの非常にミクロな話である一方で、ガマの葉の穴は肉眼でも観察できるマクロな話です。私自身は、気孔における矛盾はKnudsen拡散で説明できるのではないかと感じていますし、葉の大きな穴における輸送は光合成による酸素発生で説明できるように思います。今後に研究が進めば、ガマが地下に酸素を送るメカニズムの全容が明らかになり、田代さんの研究の先見性が明確になるでしょう。

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